東京地方裁判所 昭和52年(ワ)4404号 判決 1979年3月06日
主文
一 被告は、原告中屋政雄に対し金九万三、四六三円、原告中屋恵子、同中屋和香子、同中屋昌喜、同中屋博子、同渡辺美代子それぞれに対し各三万七、三八三円及びこれらに対する昭和五二年六月三日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一五分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。
事実
第一申立
(原告ら)
一 被告は原告中屋政雄に対し金一四四万一、一五七円、同中屋恵子、同中屋和香子、同中屋昌喜、同中屋博子、同渡辺美代子に対しそれぞれ金五七万六、四六四円及びこれらに対する訴状送達の翌日以降完済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決並びに第一項について仮執行の宣言。
(被告)
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
との判決及び担保を条件とする仮執行免脱の宣言。
第二主張
(原告ら)
「請求原因」
一 事故の発生
昭和四九年六月一九日午前九時三〇分頃、東京都日野市落川一、〇六六番地先道路において、訴外遠藤一夫運転の五〇CCモーターサイクル(武蔵野市い六二八、所有者遠藤太十、以下「加害車」という)が、同所を徒歩にて横断すべく道路端から中央方向へ約二メートル出た中屋ふみに衝突し、同女ははね飛ばされて道路上に落下し、その際頭部を舗装道路面上で強打して外傷性脳挫創の傷害を受けて杏林大学病院に入院したが数時間後に死亡するに至つた。
二 責任
遠藤太十は、加害車の保有者であるところ、同車につき自賠責保険に加入していなかつたので、自賠法七二条一項により被告は、中屋ふみの死亡によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。
三 損害
原告中屋政雄は、亡中屋ふみの夫で、その余の原告らは同女の子である。そうすると本件事故による損害は次のとおりである。
(一) 治療費関係 六万六、二〇〇円
治療費六万四、七〇〇円、死体検案料一、五〇〇円、文書料五〇〇円
(二) 葬儀関係費用 九二万二、八五七円
(三) 原告らの慰藉料 計六〇〇万円
原告ら一人宛一〇〇万円の合計で右金額となる。
(四) 亡中屋ふみの慰藉料 二〇〇万円
(五) 亡中屋ふみの逸失利益 五九四万六、二八〇円
事故当時亡中屋ふみと同年齢の女子の平均賃金(五七歳、女子)は八万九、一〇〇円であつたので、生活費としてその三〇%を控除し、就労可能年数たる六七歳までのこの実収入を新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して現価に引直すと右金額となる(係数七・九四五)。
なお右平均賃金は、昭和四八年度の額を一・一六倍したものである。
(六) 総額 一、四九三万八、八三七円
四 損害の填補等
しかるところ、原告らは加害者から治療費、葬儀費用等三九万四、二〇〇円及び本訴提起後和解金二〇〇万円の支払を受けた。
また前記のとおり加害車は無保険車であつたので原告らにおいて昭和四九年一〇月二四日運輸大臣に保障金の支払請求をしたところ、同大臣は昭和五〇年一〇月三〇日にその額を四一三万九、七二二円である旨決定をなし、右金額を原告らに支払つた。但し原告らはこの決定に対し異議申立をなし、それが棄却されたので昭和五二年四月八日に東京地方裁判所に対し右異議申立棄却の取消を求める行政訴訟を提起した。
右損害填補を差引いても原告らは加害者らに対し八四〇万円を請求できることになる。
他方仮に原告らが本件事故につき自賠責保険から填補を受けるとすれば八八五万七、三九九円相当であるから、本来被告は原告らに対しこの金額を保障金として原告らに支払うべき義務がある。しかるところ加害者らから和解金として受領した右二〇〇万円については保障事業から支払を受ける保障金に加算して支払うとの特約のもとに支払を受けたものであるからこの分は被告において負担すべき保障金に関して控除さるべき関係にない。よつて右既払分のうち治療費、葬儀費用等三九万四、二〇〇円、被告において既に支払つた保障金四一三万九、七二二円のみを右保障金相当額八八五万七、三九九円から控除することになりその残額は四七一万七、六七七円となる。そうすると少なくともこの金額については被告は原告らに保障金として支払うべき義務がある。
五 結論
そこで原告らは、原告らにおいて加害者らに対して請求可能で且つ被告に対してもてん補金として請求可能な範囲内である四三二万三、四七七円を本訴において請求することとし、その内訳は原告ら各自の相続分(原告中屋政雄が三分の一、その余の原告らは各一五分の二宛)に応ずることとする。よつて請求の趣旨どおりの判決を求める次第である。
「損害の填補等の主張に対する反論」
一 被告の損害額の算定は次の点で不合理である。
すなわちまず葬儀費用に関しては、前記のとおり実損は九二万二、八五七円であり、また東日本調査事務所においてもその額を五四万三、八〇二円と査定しているので、少なくともこの査定額は被告においても損害と認めるべきである。
次に逸失利益に関してであるが、被告は、昭和四七年度の平均賃金を一、一倍した額を被害者亡中屋ふみの逸失利益算出の根拠としているが、本件事故は昭和四九年六月であるから、原告の主張するように昭和四八年度の額を一・一六倍した八万九一〇〇円を算出の根拠とするべきである。そうすると生活費控除を収入の五〇%とみても同女の逸失利益は四二四万七、三九七円となり、政府保障事業の関係においてもこの額を相当とする。
二 次に被告は、本件事故において四〇%の過失相殺を主張しているが、本件事故態様からすると加害者らに対する関係においてもその過失相殺はせいぜい二〇ないし三〇%程度であり、そしてこの程度であれば自賠責保険においては過失相殺をしていないのであるから、自賠責保険制度と同じく自賠法一条にいう被害者保護の目的のため自賠法により創設された保障事業制度においても過失相殺をなさないのを相当とする。
すなわち本件事故現場は左右に商店街があり且つ駅のすぐ近くのためガードレールの切れ目から道路を横断する者が非常に多かつたのであり、そのため本件事故を契機としてこの切れ目が塞がれた位である。従つて被告主張の本件事故現場あたりで道路を横断しようとする者は希れであつたとの点は事実に反する。
事故態様に鑑み、被害者中屋ふみは、加害車が進行して来ることは認識していたが、それより先に渡り切れると判断して道路に出たものと思われる。
被害者の右判断は結局正しくなかつたわけであるが、他方加害者遠藤一夫は事故現場のすぐ近くに住んでいて右のごとき道路事情であることを良く知つていたはずであつた。従つて被害者のごとき横断者があることを充分注意して運転すべきであるのにこれを怠つたのであり、さらに加害車の前輪ブレーキが故障していたため制動力が弱く、よつて本件事故を起こしたものであつて、その過失は極めて大きい。ちなみに加害車の車種にあつては前輪ブレーキの働きが非常に大きく、六〇%とのことである。
なお被告の過失相殺の主張は、目撃者の供述を根拠としているようであるが、加害車、被害者の速度を対照するとその供述は不合理で措信できないところである。
以上のごとき事故態様であるから前記のごとく被害者の過失割合は二〇ないし三〇%程度であり、この程度では自賠責保険においては過失相殺はしておらず、これと同一の性格を有する保障事業制度においても過失相殺をなすべきでない。
なお被告は自賠責保険制度と保障事業制度が異なる旨縷々主張し、その根拠のひとつとして両者の財源が異なることを挙げる。なるほど自賠責保険は保険料を財源とし、保障事業は賦課金及び特別会計繰入金であるが、保障事業の最も大きな財源は賦課金及びそれに関連したものであり、そしてこの賦課金は保険会社、組合及び自賠責保険適用車外のうち政令で定めるものを運行の用に供する者が政府に納付することになつているものであるが、実際には保険会社、組合が支払う賦課金は保険料の一定割合なのであり、結局保険料と同じく自動車のユーザーが負担しているのであつて財源の点でも実質的には異なるところはないのである。
三 原告らが加害者から受領した和解金二〇〇万円についても被告は自賠法七三条二項により本訴請求額から控除するべきであると主張するが、前記のとおりこの和解金は「保障事業より支払を受ける金額のほかに支払う」との特約のもとに受領したのであるからかかる主張は失当である。
被告はこれを控除すべき根拠として自賠法七三条二項をあげるが、同条はその文言に鑑み、被害者が保障事業から填補を受けるまでに加害者らから受領した通常の損害賠償金につき控除すべき旨定めたものと解すべきであつて、被害者らが保障事業の保障金受領後これに追加して加害者らから損害の賠償を受けた場合、あるいは本件のごとく加害者らが保障金に上乗せして支払うことを特約した場合でもこれを控除すべき旨を規定したものではない。よつて同条は本件のごとき特約のない場合についての規定であつて被害者、加害者ら間のかかる特約を排除するものではない。
被告は本件のごとき特約は第三者たる被告には影響を受けない旨主張するが、自賠責保険の支払いがある場合、被害者らの全損害額が自賠責保険支給額を上回つている限りかかる特約は有効であり、自賠責保険制度と性格を同じくする保障事業の関係においても本件のごとく原告らの全損害が保障金額を上回つている限り当然かかる特約は有効である。
(被告)
「請求原因に対する答弁」
請求原因一項中、加害車の所有者が遠藤太十であることは不知、その余の事実は認める。
同二項は不知
同三項中、原告らの身分関係、被害者中屋ふみの死亡時の年齢については認めるが、その余は争う。
同四項中、原告らが、加害者ら及被告からその主張どおりの填補を受けたことは認めるが、和解金二〇〇万円について「保障事業より支払を受ける金額のほかに支払う」との特約があつたことは不知。また本件事故につき自賠責保険から填補を受けるとすれば八八五万七、二九九円であることは争う。
「填補済の抗弁等」
一 被害者及び原告らが蒙つた損害の査定は、自動車損害賠償保障事業てん補基準(昭和四八年一二月一日付け、自保六―二四六五)に基づきなされた。この基準は自賠法七二条一項にもとづき損害の査定上の基本方針を明らかにするため、運輸省自動車局長が定めた通達である。
(一) 治療費関係 六万六、二〇〇円
治療費六万五、七〇〇円、文書料五〇〇円
(二) 葬儀関係費用 三二万三、八〇二円
東日本調査事務所の査定を参考とし、且つ原告らが提出した資料を検討して右金額を社会通念上必要且つ妥当な金額と認めた。
(三) 逸失利益 三一四万六、二二〇円
被害者亡中屋ふみの死亡当時の月収を賃金センサスによる平均賃金を参酌して六万六、〇〇〇円と見て、生活費としてその五割を費消し、六七歳までの一〇年間稼働可能とみて新ホフマン方式(係数七・九四五)によりこれを現価に引直した額である。
前記てん補基準により昭和四九年六月一九日現在の家事従事者の逸失利益は昭和四七年年齢別平均給与額を一・一倍した額とすることになつているので、右月収を算定したものである。
(四) 慰藉料 四〇〇万円
被害者中屋ふみ分一〇〇万円、遺族(原告ら)分三〇〇万円
(五) 総計 七五三万六、二二二円
二 本件事故発生については、加害者にも前方不注視等の過失があることは認められる。しかし被害者中屋ふみも、自動車の交通頻繁な車道へガードレールの切れ目から左右の安全を確認することなく横断すべく飛出したものである。事故現場から四五・四メートルの所に押ボタン式信号機の設置された横断歩道があり、この横断歩道付近で道路を横断しようとする者はすべて信号に従つて横断しており、信号から四〇ないし五〇メートルの地点で道路を横断しようとする者は極めて希れであり、のみならず前後の状況に鑑み被害者中屋ふみはパン屋へ行こうとしていたものと思われるところ、そうだとするとパン屋は右横断歩道を渡つたところにあり、事故現場で道路を横断する必要はまつたくなかつたのである。
そうすると同種の事例を参考として本件につき被害者中屋ふみに四割の過失があるとみて相当であり、よつて被告は前記損害合計七五三万六、二二二円の六割にあたる四五二万一、七三三円についてのみてん補責任を負うものである。
しかるところ、原告らは従前に加害者らから治療費関係六万六、二〇〇円及び葬儀費用関係三一万五、八〇〇円の填補を受けていたので、これを差引くと残りは四一三万九、七二二円を上回らない、そこで被告はこの金額を原告らに支払つた。よつて原告らの本訴保障金請求は失当である。
三 なお原告らは、自賠責保険制度と政府の保障事業制度は自動車事故による被害者の救済という同一の性格を有するのであるから、自賠責保険におけると同じく保障事業においても本件事故態様のごとき場合は過失相殺をなすべきでないと主張するようである。
しかし自賠責保険は、各車両ごとに保険契約が締結されることを法的に強制して加害者の賠償能力を確保し、もつて被害者の保護を図かるものであるのに対し、保障事業制度は、高度な社会保障政策に基づくものであり、また自賠責保険制度は保険料を財源としているのに対し、保障事業制度は、自賠法七八条の賦課金及び同法八二条による国の会計からの自動車損害賠償責任再保険特別会計繰入金とによつて運営されていてその財源を異にするのである。よつてこの両者間に被害者の過失割合の考慮につき差が生じるのはやむを得ないところである。
さらに政府が被害者の請求に基づいて支払う保障金の支払は、自賠法七二条の規定から明らかなように加害者の負担する損害賠償金の立替え払いの性質を有するものである。そして政府は被害者らに保障金を支払つた場合には自賠法七六条によりその支払額の限度において被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権を代位取得する。そして国はこの求償権を行使しなければならず、行使するか否かの選択は許されず、また加害者に対する支払請求訴訟で保障金額を下回る判決があつた場合、自賠法七六条三項により国は被害者に対しその差額を請求し得ることになるところ、この返還請求についても国は必ずこれを行使しなければならず、これを行使するか否かの選択の余地はないのである(国の債権の管理に関する法律一〇条)。
よつて後日このような紛争が生じることを回避するために保障金額決定に際し過失相殺の適用については厳密にならざるを得ないのであり、このことは保障金の支払が立替え払いであること、被害者らに実際に蒙つた損害以上の賠償を認める必要がないことからも当然のことといえる。
四 原告らは本訴提起後加害者らから和解金二〇〇万円を受領している。この分は自賠法七三条二項により原告らの請求する金額から控除さるべきである。
原告らが本訴で請求する損害額は四三二万三、四七七円であるところ、これらから二〇〇万円を差引くと二三二万三、四七七円となり、よつて被告の負担する保障金残額はこの額を越えない。
仮に右金額を上回るとしても、保障金一〇〇〇万円を限度とするところ、原告らは加害者ら、被告から合計六四八万二、〇二二円の填補を受けているので、これを差引いた三五一万七、九七八円以上については被告はてん補責任はない。
被告の保障事業は他の手段によつて救済されない被害者に対して必要最少限度の救済を与えることを目的としているので、被害者が本来の賠償責任者等から賠償を受けておれば、被告はその限度でてん補を行なわないのである。そして右賠償金授受の際賠償責任者と原告らとの間で仮に原告ら主張のごとく被告に対する保障金請求につき影響を及ぼさないとの特約があつてもこの特約は第三者たる被告に影響を及ぼすものではない。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因一項の本件事故の発生については争いがない。なお成立につき争いのない甲第二号証の九、一三によれば加害車の保有者は運転者たる遠藤一夫もしくはその父たる遠藤太十のいずれかと認められるものの本訴で提出された証拠による限りこの点を一義的に確定することはできない(従つて以下においてこの両名を一括して呼ぶ場合は「加害者ら」という)。しかしいずれにしろ右甲第二号証の一三、成立につき争いのない同号証の一四によれば事故当時加害車につき自賠責保険契約は締結されておらず、加害車がいわゆる無保険車であつたことは認められるところであり、よつて被告は本件事故に関し自賠法七二条に基づき保障金支払義務を負担しているものである。
二 しかるところ本件事故発生について被害者中屋ふみの過失の有無が本訴での主たる争点となつているのでまず本件事故の態様について検討するに、前記甲第二号証の九、成立につき争いのない同第二号証の五ないし八、一〇ないし一二、一五、一六、一九、乙第七号証の一ないし九によれば、本件事故は、通称川崎街道を日野市高幡方面から多摩市一の宮方面に向つて進行していた加害車がその進行方向左方の歩道のガードレールの切れ目から出て来て車道を横断しようとした被害者中屋ふみに衝突したものであるが、さらに右各証拠によれば、
(一) 加害車が進行した車道は、アスフアルト舗装され、幅員六・七メートル、付近は平坦、ほぼ直線で見通しは良く、事故当時路面は乾燥していたこと。交通規制は終日両側駐車禁止、速度制限毎時四〇キロ、中央線が引かれてはみ出し禁止となつており、付近の交通量は事故当時一分間に自動車六〇台位であつたこと。
道路両側は住宅及び駐車場で、加害車進行方向左側にガードレールで区切られた〇・九メートルの歩道が設置されているところ、当時事故現場付近でガードレールが約三・五メートルほど切れていたこと、また当時左側の住宅の生垣が繁つて歩道にかぶさつていたようであること。
事故地点から加害車進行方向(一の宮より)約四〇メートルの所に右方京王線百草園駅に向う道路と交わる丁字型交差点があり、さらにその一の宮側、事故地点から四五・四メートルの地点に押ボタン式信号の設置された横断歩道が存すること。
(二) 加害車の運転者遠藤一夫は事故態様についてまつたく記憶がない旨一貫して供述しているところ、右交差点で信号待ちをしたうえ対向車線を先頭で本件事故現場に差しかかり事故を目撃した杉田克己の指示説明からすると、被害者中屋ふみはガードレールの切れ目の所で一旦横断する恰好をした後加害車が右方約七・一メートルに接近しているのに左右を確認しないまま車道を横断しようとしたものであり、そして加害車進行車線のほぼ中央付近で加害車が被害者の右後部に衝突し、被害者は約三・五メートル飛ばされて頭部、顔面を強打し、他方加害車は一瞬右に転把したものの衝突に至りそして左に傾いて路面に左ステツプによる擦過痕を残しながら約四・五メートル滑走して転倒し、運転者たる遠藤一夫は路上に投げ出されたのであるが、加害車のスリツプ痕は残つていなかつたこと。
加害車の事故当時の速度につき右杉田克己は自車と同じく毎時三〇キロ位であつたと思う旨供述しているところ、事故に至るまでの同人の指示する加害車、杉田車の進行状況からすると加害車は杉田車より低速だつたことになることからも右供述ぐらいであつたことは充分推認できること。
(三) なお加害車の後輪ブレーキには異常はなかつたが、前輪ブレーキはワイヤーが切断され取りはずされていてまつたく制動効果はなかつたこと。
また被害者中屋ふみは事故前の事情からすると、前記横断歩道を渡つたところにあるパン屋へ行こうとしていたのではないかと思われること。
の各事実が認められる。
そうすると加害車の運転者たる遠藤一夫において前方不注視及び前輪ブレーキの作動しない二輪車を運転した過失があるものの、他方被害者中屋ふみにもガードレールの切れ目から交通量の多い車道を肝心の右方を確認しないで、加害車の接近しているのに気付かないまま横断を開始した過失があることは明らかである。
事故現場付近の歩道が狭かつたことは窺えるものの一見して横断者が多いと判明するような箇所であるわけでなく、従つて被害者のかかる過失は少なくないところである。もつとも被害者が衝突により死亡に至つていることに鑑み、前輪ブレーキの故障は加害車側の過失として相当程度斟酌せねばならぬと考えられる。
三 そこで次に本件事故により加害者らが被害者たる原告らに負担せねばならぬ賠償額について検討するに、被害者中屋ふみが事故当時五七歳であつたこと、同女と原告らの身分関係については争いのないところ、前記甲第二号証の一二によれば事故当時同女は主婦として夫たる原告中屋政雄及び同居の娘らの世話をしていたところ、原告中屋政雄は耳が遠いこと、が認められる。
右事実を前提とすると賠償額は次のとおりとなる。
(一) 治療費関係 六万六、二〇〇円
この損害が生じたことは当事者間に争いがない。
(二) 葬儀費用関係 三二万三、八〇二円
その作成の趣旨より真正に成立したと認められる甲第三、第四号証からすると原告らが亡中屋ふみの葬儀費用を負担したことは認められるも、本件事故による損害としては被告において認めている右金額をもつて相当とする。
(三) 亡中屋ふみの逸失利益 四二四万七、三九七円
昭和四九年度賃金センサスの女子労働者の平均賃金を勘案すると死亡時の中屋ふみの月収が原告らの主張する月収八万九、一〇〇円を下回らなかつたことは明らかであり、そして本件事故なくば同女は一〇年間にわたつて稼働でき、その生活費として収入の五割を費消するとみて新ホフマン式によつてこれを現価に引直すと右金額になる(係数七・九四五)。
(四) 慰藉料 総計 三八〇万円
亡中屋ふみの事故死に伴う同女及び原告らの慰藉料の総額額は事故の態様及び同女の過失等諸般の事情を斟酌して右金額をもつて相当とする。
(五) 過失相殺
被告は、被害者中屋ふみがガードレールの切れ目から飛び出したのも本件事故の原因となつているとして、原告ら被害者らの損害をてん補基準で算定したうえ四割の過失相殺をなすべき旨主張するが、前記のとおり同女は一旦立止つたうえ横断を開始していることからすると被告主張の過失相殺の割合は過大で、前認定の事故態様からすると右(一)ないし(三)の損害につき三割五分程度を減じた三〇一万四、三〇〇円を原告らにおいて加害者らに損害賠償の請求ができる限度で被害者の過失を斟酌するのを相当とする。
(六) 損害賠償債権額総計 六八一万四、三〇〇円
四 よつて原告らにおいて加害者らに対し本件事故による損害として少なくとも右六八一万四、三〇〇円を請求できるところ、この金額は自賠法の定める限度額を下回つていることからすると被告は保障事業として右金額につき保障金としててん補すべき義務がある。
しかるところ、原告らにおいて加害者らから治療費葬儀費用関係三九万四、二〇〇円、和解金二〇〇万円、を受領したことは自認しており且つ被告から四一三万九、七二二円の支払を受けたことは当事者間に争いがないのでこれを差引くと残債権は二八万〇、三七八円となる。
なお原告らは右のうち和解金二〇〇万円については「保障事業より支払を受ける金額のほかに支払う」との特約があつたから被告の負担する保障金の関係についてはこれを控除すべきでないと主張するが、本件にあつては前記のごとく損害賠償債権額が自賠法による限度額を下回つているのでこれを控除しないと原告らは二重に填補を受けることになり、よつてかかる特約は被告に対する関係では影響はないことはその余の点を論ずるまでもなく明らかである。
五 原告らの身分関係、相続分については被告において争わないところであり、この法定相続分に応じて前記残損害賠償債権を原告らにおいて取得したとみて相当である。
そうすると原告らの本訴請求は、原告中屋政雄において九万三、四六三円、その余の原告らにおいて三万七、三八三円(なお端数分は原告中屋政雄に加算してある)及びこれに対する昭和五二年六月三日(訴状送達の翌日)以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言についてはこれを附すのが相当でないのでこれを附さないこととし、よつて主文のとおり判決する次第である。
(裁判官 岡部崇明)